2012/08/29

8月28日 村上 「終着地点」

こんばんは。以下昨日の日記です。


ひとつお知らせがあります。
9月の13日〜18日で、×日町と施設内で「展覧会」を行います。
×日町での2ヶ月半の滞在を経て、6人のメンバーがいま見ている景色はどんなものなのか。まとめて展示します。ぜひ来てください。


さて昨日まで、僕の家は外にありましたが、今日から再び中に入れました。
いま2ヶ月の滞在を経て、ようやくこの場所で僕が「落とし込むべき作品」が見えて来たので、これから13日までその作品のためだけに突っ走ります。
これまで僕がやってきた大きなタイプの作品は、生活することを作品化しようとしていましたが、今回はそこからもう一歩進んで、この施設での生活から見えて来たことを、ひとつのビジュアルに落とし込む作業をします。


今日はここ(3.4番館の前)に家をおきました。

明日、3.4番館に家を入れるための意思表示のようなものです。




 家をここに置いたら、3.4番館の職員や入居者が通りかかった時に自然と挨拶ができます。



手を振ってくれているのが、噂のヨシコさんです。アンパンマンモザイクがかかってますが。


さて、明日からいよいよ3.4番館(入居者の生活スペース)に僕の家が入ります。
最初は外にあった家が、次にロビーに移り、いよいよ終着地点ともいうべき場所に入ります。やっとたどり着いたという感じです。やっと、ここまで入り込んでいいと思えるようになりました。

ここにきて僕のモチベーションは最高潮に高まっております。がんばります。

いえーーーーーーーイ!

村上

橋本 822−828

橋本です
ずい分と更新が滞ってしまった。そして、過ぎ去った日々に何をし、何を思い、考えていたのかあんまり思い出せない。まるでキングクリムゾンの攻撃を受けたかのようだ。
(などと冗談を言っている場合ではなく、気をつけよう)

どんどん「書いて」いかないと、「逃げて」しまう。
8月22日
朝5時に目が覚めたので、屋上に登って朝日をスケッチした。印象派絵画だ。



これは、僕の家に展示しているので僕の家を訪れた際に「屋上からはこんな景色が見えるのかー」という感じで鑑賞してください。


そして、銀河とのセッションについて思考をした。

その後で、仮免許試験。落ちた。
心に迷いがあったのだと思う。見事に緊張して、シートベルトをつけ忘れそうになっていた。

(これにより、23日の補習、24日の再試験となる。22000円飛んだ。まあ、運転の厳しさを身を以て知り、これによって将来の事故を防いだと考えればね。)

銀河との公開稽古の2回目。二人とも感覚がつかめてきた、ように思う。パーカッションの音をリズム・大きさ・音色でもってイメージに変換する感じで、それが絵画的にできるとうまくいく。おそらく、今朝スケッチをしたことがこの方法論には反映されている。

23日は、朝少し書道などをやって、そのあとで補習。ここのところ暑さがひどくて、なんだか何もできなかった。というかまじで記憶が飛んでいる。明くる日の仮免は絶対落ちれないから、そのイメトレはしてたと思う。

なせばなる
なさねばならぬ
何事も

この日は「なしてなかった」

過去って何でしょうか。頭の中にしか、過去は存在しない。って、今思う。常に現在しか存在しないという多少なりとも切ない事実に、形だけでも抗う一つのやりかたが、日記を書くということなのかもしれない。

常に現在しか存在しないけれど、人は音楽を聴くことができる。直前の過去に聴いた音が頭に残っているから、現在、メロディーを認識できる。前のメロディーを覚えているから、主題と変奏がある。

つまるところ全ての答えは、「よりよい音楽をかなでること」なのではないかって最近は思う。(これは一種の処世術としても)

よりよい音楽をかなでるために、必要ならば「日記」を書けばいいし、「日記」が必要ないなら書かなければいいし、「日記」を書かない方がいい人もいるだろうし。
でも僕はこの間「日記」を書かなかったことによって、かなでている音楽がよくないように思う。なので「日記」は書かなければね。

ということで23日でした。

24日。仮免受かりました。これを持ってドライビングスクールは小休止とします。東京に戻って、短期集中で取ろうと思います。そもそもの始めから、自分のキャパってものをもっとちゃんと認識しておくべきだった。
でも教習所の人たちは皆優しくていい人だったので、ここで取り終われないことに残念さはあるけれど。

そして、明くる日のまほろばの里 納涼祭の準備をしました。散らかっていた部屋をガッと片付けたら気分がすっきりしました。

25日は納涼祭。お客さんが沢山。僕は「銅鑼ならそうゲーム」と「トランスフォーメー書ン」という二つのパフォーマンスをやりました。


銅鑼ならそうゲーム

家の真ん中に銅鑼が下がっています。僕が銅鑼を鳴らすとゲームスタート。お客さんはお手玉を銅鑼にぶつけます。僕はシャドーボクシングをしながら家の説明をしながら邪魔をします。お手玉が銅鑼に当たると、うまい棒をあげます。最後に、家の神様にお参りをして終わります。

意外と評判が良かった。

「トランスフォーメー書ン」
水で書ける紙に古代文字をかき、それがどんどん変形していく。というパフォーマンス。

こんな炎天下でやったのは初めてだった。

夜は、盆踊りをまほろばの皆さんと踊った。充実した一日だった。

26日は谷内丑(やちうし)のこども神輿を担ぐ。
未明に日本海に遊びに行き、
27日は一日、つまり神社の神輿を担いだ。

神輿って、すげー。年に一度、神様を地域に行き渡らせる。みんなで担いで。家の前で、わっしょいってあげると、その家の主人は「ご苦労様です、ありがとう」という。

これが昔から、「必要とされてきた」ということが参加していると感覚として分かる。

僕は疲れ果ててしまい、夜のフィナーレ(宮入れ)を見そびれてしまった。なんかすごかったらしく、見ればよかったなと思う。まあまた来る理由ができたと思えば。


そして28日(昨日)。

ひとりで読書をしたり、ラーメンを食べに行ったり、皿洗いのバイトをしたりしながら、×日町での毎日を作品に落とし込むプランについてぼんやり考えた。

手を動かすことは「空(くう)」に通じる。


・パフォーマンスをする上での「悪しき刧(ごう)」は溜まるものであり、反対に「良き刧」は空のかたちをとる。
・野田秀樹はエッセイで演劇を皿洗いに例えていた。今日はいい芝居が出来た、そう思っても、悪い芝居(=皿)はすぐに溜まる。だから、すぐにまた洗わないといけない。

・こんまり先生のお片付けの本は、「自分に必要ものを持つ(必要ないものを捨てる)」ことに重きを置いている。

とにかく実践することが肝要だろう。
すべての答えは出ているので。







8月27日 村上 「何かが取り憑いてる」



こんばんは。昨日の日記です。。午前中は、妻有会(ぼくたちが神輿を担ぐべき地区)の御神輿を、銀河と橋本達と3人で担ぎにいってきました。十日町の神輿を担ぐときは「オイオイ!」とかけ声をかけます。これは「お祝い」からきているらしいです。
☆☆
僕は、神輿は東京葛飾、浅草、三宅島といくつか担いだことがありますが、どの地域の神輿もそれぞれ担ぎ方が違って面白いです。
浅草は特に決まってませんが「ショイ!」「フーリャー!」「サア!」みたいな感じです。三宅島は、神輿の担ぎ方に特徴があります。
↓ちなみに三宅島の神輿
基本的に上下に揺らしてかけ声をかけながら進むのですが、たまに激しく揉みます。神輿をもったまま5回くらいスクワットをするような感じです。
☆☆


十日町の御神輿は、お賽銭をくれた人やお世話になっているお宅の前で一軒一軒とまって「わっしょい!」と声をかけながら神輿を3回高く持ち上げます。そのあいだ、その家の住人は手を合わせてます。これがとっても良いのです。神輿って、一軒一軒の家の前に神様をみんなでつれていくために生まれたのかもしれないと思いました。

銀河くん



午前中、9時から12時半くらいまで担いだら、お昼やすみです。先日の運動会で慰労会をやった「集落センター」という建物でやりました。この「集落センター」っていう名前がまた良いですね。



お昼休みのあと、僕は×日町に帰って来ました。さっそくお客さんが来ました。

りなさんとちづるさん
りなさんはまほろばの里の職員さんで、ちづるさんはその友達です。僕よりもふたつ年下です。ちづるさんも介護のお仕事をしているのですが、×日町を見て「自分の施設にもあったら良いなー」と言ってくれてました。
嬉しい。 

2人を描いた

2人に描いてもらった

そして夜。十日町のお祭りのフィナーレである、八角神輿(一番主役のやつ)のお納めを観てきました。


これがもう半端じゃなかったです。
まずこの神輿は担ぎ棒が立てに2本しかついてません。ふつうは縦に4本横に2本くらいあると思うのですが、狭い路地が多いためか2本しかついてないのです。だから何度も左右にバランスを崩していました。何度も、本当に倒れそうになってました。
そして、そのバランス悪さとか、やたら多い担ぎ手とその熱気のために、行く方向がいまいち定まらずウネウネと動きながら進みます。この動きが、まるでなにかが取り憑いてるような不気味な動きでした。人が神輿を担いでいるというより、人がなにかに動かされているようでした。しかも「オイオイ」というかけ声を、午前中の神輿のようにみんなで揃って発してるのではなく、あちこちから「オイオイ」「オイオイ」と枯れた声で聞こえるので、それがまた不気味で、見てしばらくは鳥肌がたちっぱなしでした。

神輿は、夜の11時ごろ無事に神社に納められました。揉みながら神社の坂をあがっていく神輿のすがたがまたかっこよかったです。



そのあと、×日町に来てくれたアキエさんと、たまたま会場で再会して、何人かでお酒を飲みに行きました。地元の人と、外のお店で飲むのは初めてです!
そこで教わったのが十日町で焼酎を飲む時に知る人ぞ知る方法。焼酎の水ウーロン茶割。焼酎を水で割って、色がつくくらいすこしウーロン茶をいれるそうです。
これがあればだいたいどこ行ってもオッケー!
と言ってました。


おしまい


☆☆☆☆☆
×日町ギャラリー



お昼の暑い時に、島田君がとつぜん踊りながら水浴びを始めました。彼は今ショートムービーの台本を書いているところです。たぶん溢れんばかりの気持ちがあるんだと思います。










2012/08/28

8月28日 阿部

阿部です。久しぶりのブログになってしまいました。
その間何をやっていたのかというと、


[8月24日]
25日に行われた苗場福祉会20周年記念イベントために24日は徹夜で映像の編集していました(ごめんなさいまだアップしていません)。そのイベントの記録映像を制作する撮影クルーが来ていたのですが、その人たちは僕が大好きな映画のスタッフさんでした!


[8月25日]
イベント当日。朝10時に編集を全て終え、施設のロビーで上映。入居者の方に直接見せる事は今まで出来ていなかったのでヘトヘトでしたが同時にワクワクしてました。

が、実際施設内にいるのはほとんど職員さんやほかの関係者ばかりで、イベントのお客さんは出店でご飯を食べたり、気球に乗る為に並んでいたり全くいない上、入居者の方もすこし気球を観に出てきましたが映像を観てもらえはしませんでした。残念です。


[8月26日]
この日は地域のお祭りがあったので×日町の住民は担ぎ手に駆り出されていました。
僕は前日の疲れから体の調子を崩していて、休ませてもらいました。
ですがよく考えたら×日町に誰もいなくなってしまうのはまずいので、結局うだる様な暑さの中自分の家で歌を歌ったりしながら眠気と戦っていました。そりゃあ疲れとれないわけだ。


[8月27日]
私用で夕方に東京に行きました。六日町まで島田に送ってもらったのですが電車の時間が合わずに(50分に1本のペース)、ぽっかりと暇ができてしまったので2人でイオンモールのゲーセンにいき銃で人を殺しまくるやつをやりました。島田は「グレネードが強いっ!」と中ぐらいの声で言いながら必死に人を殺していました。


[8月28日]
朝九時に池袋から六日町行きのバスに乗り込み、昼の12時には新潟に帰ってきました。
今日はパソコンのデータ整理をして一日が過ぎました。
動画の編集によるキャッシュやレンダリングファイルが不過視データとしてパソコン上に溢れていて80GBにもなってました。それを親の敵のように完全に消去してやりましたよ。作業は快適だし、そうすることで夏バテだった僕の身体も少し軽くなり、ブログを書こうと今に至ったのであります。

以上。近況でした

八月二十六日

今日は地元の子供神輿の担ぎ手として神輿を担ぎました。 子供達の「オイオイ」という大きな掛け声に混じって僕らは、 「ファイヤーファイヤ」とか「よりよい」とか、 微妙にバレなさそうなラインを攻めていきました。 (エスカレートしていったので全然バレてると思うが) そして、夕方六時からは、二度目の担ぎがあるから、 若い綺麗なお姉さんが沢山くるから絶対来なさいといわれて行ったけど、 担ぐことなく、しかも若いお姉さんもいなく、慰労会に参加しました。 そして、僕以外の×日町のメンバーは全員waraart を見に 新潟市の方に夜のうちに向かってしまいました。 明日の朝には帰るという事だったので、 明日も神輿があるし、大丈夫かなと心配しています。

八月二十五日

今日は苗場福祉会二十周年記念お祭りの本番当日でした。 でかい気球がまほろばの里の正面の駐車場のど真ん中にあがりました。 僕は、湖山医療福祉グループ代表の湖山さんがあいさつをする タイミングで、 持ち前のドラムスキルを活かし、ドラムロールを担当しました。 また、お祭りの最中は、お客さんは少なかったですが、 8ビート講座や、村上の小さな家にドラムセットをぶち込んで、 ドラムの演奏をしながら会場を駆け抜けたりしました。 なかなか充実した一日でありました。

八月二十四日

今日は、祭りの準備をしました。 祭りの会場がわかるよう、看板をつくったり、 依頼されたプラ板の絵を描いたり、 自分のやる出し物の看板を描いたりしました。 僕は「ギャラクティック8ビート講座(スパルタ)」 という名前で、見に来てくれた方が8ビートを叩ける ようになるまで帰れない、というのをやろうと思っています。 夜露死苦 中 銀河

08/28

シマです。

25日に丸の内線新宿三丁目駅付近に落ちていたもの


それは、黒のブラジャーでした。

明けて26日、十日町のスーパーの駐車場に落ちていたもの

















それは未開封のガリガリ君でした。

どちらを見つけた時も、しばらくその場にジッと立ち
“いつ、誰が、なぜ、落としたのか”
を考えました。


ブラジャーに関して

予想1【歩いていた女性が付けている下着を落とした事に気付かず歩み続けた。】

なかなか可能性は低いと思われます。
最上級のなで肩を持つ女性が、最上級の人ごみにもまれ、何かの拍子にホックが外れ、
あれよあれよという内に肩ヒモがなで肩の滑り台をすべり、
ハラりと下着を落としたとしても

ピタリとガードレールにキャッチされるされる事などあるでしょうか、いやない。

予想2【ある種のストリートアート】

自分のネームや目印などをスプレー缶及びステッカーで街中にマーキングしていく
イリーガルな行為(タギング)があります。
油性スプレーなどで公共物に落書きしていくのは違法ですが、ブラジャーをガードレールにかけ続け街をマーキングしていくことはどうでしょうか。
ギリギリ違法ではない気がします。

これはブラジャーであるから成り立ちます。
撤去する側もなんとなく触れにくい、触れたら触れたで変態扱いされてしまう。
そのような心理をついた上手い方法です。

“殻を破りなさい”
という意のメッセージかもしれません。

予想3【どっきり】
ブラジャーに触れた瞬間にロンブーの淳が現れ
「おめでとうございます!あなたがブラジャーに触れた最初の通行人です。100万円あげます!」隣で品のない笑い声をあげているのがmisono。容易に想像がつきます。

以上のような予想をたててみましたが、いまいちしっくりきませんでした。


ガリガリ君に関して

予想1【急にお腹が痛い】
誰しも急に腹痛をうったえた事はありますよね。
「暑い暑い」とぼやきながらスーパーに駆け込んでガリガリ君を購入したものの、
鮮魚コーナー前の強めの冷房にお腹が冷やされ、外に出た時に『キュルルルルr』と
昔から生真面目な性格の主人公は、しるしの付いていない商品を再び店内に持ち込むことに抵抗があり、仕方なく置きガリ。

W.Cを経てスッキリした状態で駐車場に戻るが、灼熱アスファルトによって全溶け。
一瞬で主人公はガッカリ君。


予想2【ある種のストリートアート】

自分のネームや目印などをスプレー缶及びステッカーで街中にマーキングしていく
イリーガルな行為(タギング)があります。
油性スプレーなどで公共物に落書きしていくのは違法ですが、溶けたガリガリ君を置きガリし、マーキングしていくことはどうでしょうか。
ガリガリ違法ではない気がします。

これはガリガリ君であるから成り立ちます。
誰も溶けたアイスに興味はありませんし、ガリガリ君なら比較的安価なので多くの場所にマーキング可能です。


“土をアスファルトで埋め尽くした人間の愚かさ”
のメタファーかもしれません。

予想3【好物】

東北地方ではトマトに砂糖をかけて食う、という話しを聞いた事があります。
トマトには砂糖派、塩派、しょうゆ派、マヨネーズ派
食べ物の食い方は十人十色。
ガリガリ君は溶かして食べる派、という人がいてもおかしくありません。
一度溶かしておいて再び凍らせる派、かもしれません。(サウナ→水風呂を繰り返すイメージ)



さてさて、
ここまでつらつらと書いてみましたが、何のオチもありません。

すいませんでした。

本当にすいません。
眠くなってしまいました。


(このblogを書いているあいだ、僕はずっと井上陽水を聴いていました。井上陽水のように歯を閉じたまま歌えたらきっと素晴らしいでしょうね。)









2012/08/27

8月26日 村上「遠くの太鼓の音」「みんなでアスファルトに座って花火を」

今日は午前中、谷内丑(8月4日に納涼祭でクイズ形式のパフォーマンスをやったとこ)の子供神輿を手伝ってきました。

実は、25〜27日は十日町全域でお祭りが行われる期間なのです。あちこちで花火があがったり、神輿が出ていたりしています。この記事を書いてるいま27日の18時半ですが、遠くから太鼓の音が聞こえます。

「遠くから太鼓の音が聞こえる」
これはとても良いシチュエイションですね。いま僕はとても良いシチュエイションの中にいます。


さて僕達がなぜ谷内丑の、しかも子供神輿を手伝うことになったのかというと、それはもう参加してくれる住人が少ないからです。



こういう感じで、神輿自体は僕達大人が持って、子供達はヒモを引っ張るという感じで町内をパレードします。
「子供は神輿担がないですか?」と聞いたら
「危ないから担がせられない」と言っていました
いつからこうなったのだろう


でも、みこしを持って「オイ!オイ!」とかけ声をかけながら、一面に広がる田んぼの間を歩くのはとても気持ちよかったです。オイオイ!というかけ声はこのへんのルールみたいです。


神輿を担ぎ終わったら、お昼ご飯を集落センターでいただきます。寿司が出たのですが、寿司が乗ってるこの銀色の台が何だかわかりますか?






これは、なんとツーバイフォー(木材)です。ホームセンターで売ってる、アメリカの誰かが開発した規格(間口が約4cm×8cm)の木材です。それにアルミホイルを巻いて台にしてました。僕は衝撃を受けました。ツーバイフォーのこんな使い方は初めてみました。
しかも、その大きさと高さがちょうど良いのです。ツーバイフォーなので、長さは切ればいくらでも調節できます。どんな長いテーブルでも、ひとつなぎの寿司皿ができます。




連日のお祭りと制作による寝不足で、お祭りから帰ったらすっかり疲れてしまい、ロビーにある家でお昼寝をしました。
いままで家である以上に作品である意識の強かった「村上さん家」なので、日中そこで寝るのはちょっとなんだかなーって感じだったのですが、これからは「昼寝してる自分」も、恥ずかしがらずにどんどん見せていこうと思います。それくらい昼間眠くなるのです。



僕の家の中も、写真と絵でだいぶ賑やかになってきました。一枚一枚がよく見えるように、貼りかたにちょっとルールを決めてます。




夕方くらいに女性がひとり、ふらっと×日町にやってきました。写真をとりまくってうろうろしていたので声をかけて話を聞いてみました。

彼女はマイコさんと言って、岩手県の陸前高田からここまで来たそうです。陸前高田といえば僕も今「くっつきハウス」というプロジェクトを進行中の地域です(宣伝)。
マイコさんは札幌出身で、東北の被災地でボランティア活動をしていて、数ヶ月東北に滞在していたのですが、これから北海道に帰るってところで、途中に寄ってくれたみたいです。
瓦Re:KEY HOLDER(ガレキーホルダー)」という復興支援プロジェクトに関わってるそうです。その名の通り、瓦礫をキーホルダーにして販売するプロジェクトです。



マイコさんにも、村上さん家の茶の間ツアーを体験してもらいました。


なんとマイコさんは、自ら入居者のおばちゃんの話しかけてました。
自分は札幌からきたということ
いま外ではお祭りをやっていて、神輿をたくさん見かけたこと



マイコさんを描いた




マイコさんが描いてくれた



マイコさん





そして夜、十日町の花火大会がありました。
みんなでアスファルトに座って観ました。
「大きいー」とか「きれい」とか言いながら。
これも良いシチュエイションですね




きねんさつえい。



☆☆☆☆☆☆☆
以下新コーナー「×日町ギャラリー」

雲を眺めてたたずむ阿部圭佑と彼の家、村上の家、橋本の家。遠くには銀河が倉庫に描いた大きな絵が見えます。


小山の新兵器「巨大カメラ」


洗濯ものを干してる橋本と電線、入道雲。夕焼け

2012/08/26

8月25日 村上

こんにちは。昨日の日記です。
「苗場福祉会二十周年記念イベント-空から妻有を眺めませんか」がまほろばの里で行われました。
まほろばの里だけではなく、苗場福祉会のあちこちの施設からたくさん人が来てみんなでイベントをおこしていました。気球に乗れたりとか、出店でおそばが食べられたり、本当にお祭りみたいでした。
今回は僕達6人もそれぞれ出し物を決めて賑やかしに貢献するというスタンスで挑みました。


僕の家は、2度目の工事が終わり、もっと小さくなりました。ようやくこの形にたどり着いた、という感じです。「まほろばの里」で生活し、それを表現にするためにたどり着いた大きさと形です。これで、施設の中と外を家ごと自由に出入りできるし、特別養護老人ホームの利用者が生活してるユニットの中までも入れます。


家の大きさが一畳と4分の3くらいなので、たたみを切って並縫いで縫い直しました。並縫いというのがポイントです。

カーテンも並縫いで縫い直しました。黒い糸というのもポイントです。



僕の家は今日は外に出して、あちこち動きながらお茶を出したりしていました。


東京から来てくれた山本さん。うれしい。

橋本はパフォーマンス
「銅鑼をならそうゲーム」
「トランスフォーメイ書」
を披露していました。






銀河は、「ギャラクティック8ビート講座SPARTA」というのをやってました。ドラム初心者に8ビートを教えて、叩けるようになるまで帰さないという講座です。




本当にスパルタでびっくりしました。途中で帰ろうとしたお客さんを「ちょっと待ってください。もう少しでたたけるから頑張りましょう。」と引き止めてました。


お昼過ぎ。僕の家にドラムをぶちこんで、銀河君がパフォーマンスしながらみんなで家を押して練り歩くドラムパレードをしました。






その場にいた人できねんさつえい




夕方頃、東京から来てくれた冠ちゃんと矢野さんが来たときに「村上さん家の茶の間ツアー」を行いました。僕の家にお客さんを乗せて、家ごと特別養護老人ホームに入って行って、入居者が生活してるところまで行くツアーです。とっても面白かったのです。僕の家が、まるでコントのセットみたいでした。冠ちゃんたちはたぶんちょっと緊張していました。







きねんさつえい


これから「茶の間ツアー」は恒例のものにしていきます。みんなきてね
おしまい。


村上